<rss version="2.0" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"><channel><title>揺れ・違和感の正体 | Core Field Coaching｜非二元に根ざした心身の安定を扱う意識統合コーチング</title><link>https://i-works.localinfo.jp/posts/categories/13386335</link><description>揺れ・違和感の正体の一覧</description><atom:link href="https://i-works.localinfo.jp/rss.xml?categoryId=13386335" rel="self" type="application/rss+xml"></atom:link><atom:link href="http://pubsubhubbub.appspot.com/" rel="hub"></atom:link><item><title>“共同調整”が起きるコーチには、どんな特徴があるのか</title><link>https://i-works.localinfo.jp/posts/58789082</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;在り方には、エネルギーが宿ります。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そのエネルギーは、その人を構成する自我、価値観、未消化の痛みやシャドウを通して、言葉や空気感となり、他者との関係性の中へ滲み出ていきます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;未統合のトラウマやシャドウが強く残っている場合、その言葉にはしばしば「正しさ」が含まれます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そしてその“正しさ”は、無意識のうちにジャッジや緊張を生み出します。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;一見すると、それは熱意や愛情、導きのようにも見えるかもしれません。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;相手を良くしたい。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;変わってほしい。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;気づいてほしい。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そんな善意として現れることも多いでしょう。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;けれどその奥に、「こうあるべき」が強く含まれているとき、そこから外れるものは静かに排除され始めます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;すると場には、目に見えない緊張が生まれます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ちゃんとしなければ。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;理解しなければ。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;変わらなければ。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;期待に応えなければ。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そんな微細な防衛が、神経系の中に立ち上がっていく。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;同じように話を聞いてもらっているはずなのに、終わったあとにまったく違う感覚が残るのは、そのためかもしれません。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ある人と話したあとには、&#xA;「もっと変わらなければ」と焦りが強くなる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;頭では整理された気がするのに、身体はどこか緊張したまま。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;理解できたはずなのに、安心が深まるのではなく、もっと努力しなければと思う。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;一方で、特別なことを言われたわけでもないのに、ふっと力が抜けることがあります。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;呼吸が深くなる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;うまく話せなくても、そのままでいられる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;問題が消えたわけではないのに、どこか安心している。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この違いは、単なる相性だけでは説明できないことがあります。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&lt;hr&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;私たちの神経系は、関係性の中で影響を受け合っています。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だから、「何を言われるか」だけではなく、&#xA;“その人が、どんな状態から関わっているのか” によって、起きることが大きく変わる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これが、&lt;b&gt;コレギュレーション（共同調整）&lt;/b&gt;と呼ばれる領域です。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そしてここが、とても繊細で難しいところでもあります。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;なぜならコレギュレーションは、スキルや肩書きのように、外側からは見えにくいからです。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;実績がある人でも、一緒にいるとどこか緊張が抜けないことがある。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;逆に、特別なテクニックを使っているわけではないのに、自然と安心できる人もいる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;だからここでは、「正しい選び方」を提示したいわけではありません。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;ただ、どんな違いとして現れるのか。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そのヒントになるような視点を、いくつか置いてみます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;コレギュレーションが起きているとき、最初に現れやすいのは「身体の変化」です。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・気づけば呼吸が深くなっている。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・無理に力を抜こうとしなくても、どこかがゆるんでいる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・考え続けなくても、そのままでいられる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これらは「そうしよう」と頑張って起きているわけではなく、自然とそうなっている、というのが大切。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;何かを整えようとしなくても、自然に変化が起きている。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その感覚があるかどうかが、まず違いとして現れる部分です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それからもうひとつの特徴は、変化を起こそうとする圧が少ないこと。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・気づかせようとしてくる&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・変えようとしてくる&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;・どこかへ導こうとしてくる&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そうした意図が強くなるほど、私たちの神経系には、無意識の緊張が生まれることがあります。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;もちろん、導きそのものが悪いわけではありません。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;けれど、“相手を変えること” が関係性の中心になるとき、人は無意識に「正しい側」と「まだ足りない側」に分かれやすくなります。&amp;nbsp;するとそこには、静かな上下関係が生まれます。&lt;/p&gt;&lt;p data-placeholder=&#34;&#34;&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;強い上下関係が生まれている場では、神経系が深くゆるむことは、難しくなることがあります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;すると、その「望み」自体が、防衛のほどけた場所から生まれているのか、あるいは緊張や適応から生まれているのか。それ自体が見えにくくなることがあります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;一方で、特に何かをしようとしていないのに、必要なことが自然に起きていく、という関係性があります。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その関わりにおいては、これまで神経を張り詰めさせていた「心の防衛」がふっとほどけだします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;上下関係でもなく、身構える必要もない、コレギュレーションが起きやすい関係です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私たちが変容をおこしたいとき、本当に重要なのは、&#xA;安心できることから、静かな主体が立ち上がることです。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;問題の中に埋もれていた主体が、少しずつそこから離れ、自分自身の深い感覚へ戻っていく。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;コレギュレーションとは、単なる「安心感」ではなく、&#xA;セルフの質感へ触れていくための土台でもあるのです。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私たちは、誰かに頼り続けないと保てない構造では、安心して立つことができません。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その場を離れた瞬間に崩れてしまう関係性は、どこか依存が生まれる危うさすら含むこともある。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;コレギュレーションは、誰かが「してくれる」ものではなく、関係性の中で自然に起きていくもの。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だからこそ、場の安全性は、とても繊細な形で現れます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;うまく話さなくてもいい。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;理解できていなくてもいい。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;まとまっていなくてもいい。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;そう感じられるとき、私たちの神経系は少しずつゆるみ始めます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;逆に、&#xA;&#xA;正しく話そうとする。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ちゃんと理解しようとする。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;期待に応えようとする。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;そんな動きが強くなるとき、それがたとえコーチングやカウンセリングの場であったとしても、どこかで防衛が働いていることも、あるかもしれません。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;「どんなコーチを選べばいいですか？」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;その問いの奥には、&#xA;&#xA;“どんな関係性の中で、私たちの主体は静かに変わっていくのか”&#xA;&#xA;というテーマが含まれているように思います。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;だから選ぶというよりも、&#xA;その場で、自分に何が起きているのかを静かに感じてみる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;言葉よりも先に、身体が知っている感覚を信じるように。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;まずは、その質感をあなた自身の身体で確かめてみてください。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/1336441/4b8820703b765404c441157d83b2f0a2_ea66a337cdaed3634387424257a5defb.png?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;</description><pubDate>Wed, 20 May 2026 09:00:22 +0000</pubDate><guid>https://i-works.localinfo.jp/posts/58789082</guid><dc:creator>Core Field Coaching</dc:creator><category>揺れ・違和感の正体</category><enclosure length="0" type="image/png" url="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/1336441/4b8820703b765404c441157d83b2f0a2_ea66a337cdaed3634387424257a5defb.png"></enclosure></item><item><title>「わかってる私」が語りたくなったとき</title><link>https://i-works.localinfo.jp/posts/58759088</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;少し前の私は、「わかっている側」に立ちたくなる感覚を、どこかで持っていました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;感情に飲み込まれている人を見ると、少し引いた場所から眺めている自分がいる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「私はもうそこではない」&#xA;&#xA;そんな感覚に、安心していた部分もあったように思います。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;もちろん当時は、それを“エゴ”だとは思ってはおらず、むしろ「観察できている」「俯瞰できている」と感じていました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;けれど振り返ってみると、あの頃の私は、“観察者”という立場を使って、自分の傷つきや混乱から距離を取ろうとしていたのかもしれません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;スピリチュアルや心理学を学び始めると、「観察する」という感覚に触れることがあります。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;思考や感情に巻き込まれず、それらを“起きているもの”として見る感覚。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それ自体は、とても大切なものだと思います。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;実際、私自身も、その視点に何度も助けられてきました。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;けれど、その過程で、ひとつ不思議なことが起き始めました。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;感情を感じているはずなのに、どこか遠い。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;怒りや悲しみがあっても、「それを観察している私」のほうに立ち続けようとしてしまう。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;すると、だんだんと「感じる」より、「理解する」が前に出てくる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私はその頃、「わかっている自分」を静かに育てていたのだと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;たとえば、&#xA;「私は怒っていない。ただ、怒っている自分をちゃんと観察しているだけ」&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そんなふうに思っていた時期がありました。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;でも本当は、怒りを感じることそのものを避けていた。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;いろいろやってきてもなお、”傷ついている”自分に触れることのほうが、もっと怖かった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;”整っていない自分”が許せなかった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そうして、“観察している側”に立つことで、安全を確保しようとしていたのかもしれません。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この状態は、本当に本当に、気づきにくい。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;なぜなら、一見するととても“整っている”ように感じられるから。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;内からも外からも、冷静で、客観的で、理解しているように見える。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;現実世界も、一見うまく進む。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;でも実際には、身体の奥にわずかな緊張がずっと張り続けていました。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ゆるむことができない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;どこか力が抜けない。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その力を抜いたら、自分が壊れてしまうのではないか、というかすかな恐れ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その緊張は、無自覚なまま、感じきれなかった痛みや怖さを、身体の奥に押し込め続けていました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だから、止まることができなかった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;振り返ると、あの頃の私は、少しずつ「わかっている私」という新しいアイデンティティを作っていました。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;感情に飲み込まれない私。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;俯瞰できている私。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;理解している私。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その立場は、一時的には安心をくれます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;でも同時に、「わかっていない側」に立ちたくない緊張も生み出していました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だから、どこかでずっと力が抜けなかった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;外側に気を張り巡らせることで、自分を保つことに、多分なエネルギーを割いていました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;今思うのは、あの頃の私は、「苦しみを超えたかった」というより、「もう傷つきたくなかった」のだと思います。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だから、“静かな場所”へ行こうとしていた。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;でも、本当の意味で静けさが深まっていくときって、感情が消えるわけではありませんでした。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私たちは生きている限り、怒りも悲しみもあります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;揺れる日だってあります。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それでも、そのどれかに飲み込まれなくていい。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そして同時に、それらを切り離さなくてもいい。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それらをただ起きているものとして、身体を静かに通すことができるようになったとき。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それまでわずかに緊張していた身体が今ここに静かに開き、感覚が少しずつ変わっていきました。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&amp;nbsp;以前の私は、「観察する」ということを、どこか“感情から離れること”のように使っていた気がします。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;でも本当は、もっともっと生の命のリズムそのものでした。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;身体の感覚に触れる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;怖さに触れる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;痛みに触れる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そのうえで、それでもそこに居続けられる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;本当の観察は、起きていることから冷たく遠ざかることではなく、“そのまま触れていられること”なのかもしれません。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「わかっている私」が自分の中で居場所を持ち始めた時。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;大切にしたいのは「しっかりと観察できているか」よりも、&#xA;そこに温度があるか。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;身体がちゃんとそこにいるか。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そして、自分を守るために、“わかっている側”へ逃げ込んでいないかに気づける余白。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そんなことを見るようになりました。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「わかっている私」になろうとする力が少しゆるんだとき。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その奥には生命力に満ちた、本来の”わたし”がいることに気づきます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;気づきの生まれるその余白から、あたたかで躍動感に満ちた、本来の生命のリズムがはじまるのを、感じるかもしれません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/1336441/a004c7a31ec70c7d80d3a41b1a1690a3_db7639508df0322ff39bb3f81dcb4cf7.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;</description><pubDate>Fri, 15 May 2026 09:00:25 +0000</pubDate><guid>https://i-works.localinfo.jp/posts/58759088</guid><dc:creator>Core Field Coaching</dc:creator><category>揺れ・違和感の正体</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" url="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/1336441/a004c7a31ec70c7d80d3a41b1a1690a3_db7639508df0322ff39bb3f81dcb4cf7.jpg"></enclosure></item><item><title>「わからなさ」にとどまるとき、内側の熟成がはじまる</title><link>https://i-works.localinfo.jp/posts/58759150</link><description>&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;p&gt;「どこに向かいたいのかわからなくなってきた」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「でもこのままも苦しい気がする」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「これ以上何をしたらいいのかわからない」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;こうした「わからない」という感覚は、私たちをとても落ち着かない気持ちにさせます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;停滞に思えるし、この状態を早く理解したい。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;早く整理して、次に進める形にしたい。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;だから多くの場合、それは”避けるべきもの”だし、一般的なコーチングでは”解決すべき問題”として扱われます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;なぜなら、この「わからなさ」は、私たちを想像以上に苦しめるから。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;停滞感。閉塞感。心身が分離したような感覚。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;なんとなくしんどいし、エネルギーが湧いてこない感覚に焦りを感じたりもします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;けれど私自身ふり返ってみて思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この「わからなさ」が訪れるとき、実際には内側で、すでに大きな変化が起きているということ。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それは、人生をより豊かにするような、とても大きな変化であるということ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それは、このわからなさが、これまで自分だと思っていたもの、たとえば思考や感情、&#xA;あるいは役割やアイデンティティが、&#xA;少し距離をもって見え始めている証拠だからです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それはつまり、「同一化」がゆるみ、自分自身だと認識してきたものを対象として認識できる場所に移りつつある状態。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;同一化を離れ、次の主体が定まるまで。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私たちには一定の時間が必要です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;わからなさは、この移行の途中にある空白。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;その不確かさとして「わからなさ」は現れます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この空白が、私たちを心許ない気持ちにさせます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;なぜなら内側の再編成が起きているから。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これまでの枠組みが通用せず、起きていることの説明もつきません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そしてこのプロセスは、 思考のスピードでは進みません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私たちは答えを急ぎたくなります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;何が起きているのか。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;どうすればいいのか。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;どこに向かえばいいのか。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そして、空白を行動で埋め、停滞の原因を特定しようとし、起きていることに意味付けをしたくなります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;でもこのときとても大切なことは&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「わからないものをわからないままにしておく」という新しい選択肢。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;わからなさを自分の身体に置いておくことをゆるしてみること。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;このやわらかさが、同じ場所をグルグルとしていまう閉塞感から抜け出すひとつの光となります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;まだ言語化されていない変化を、 既存の意味づけで固定してしまうと、同じ場所から抜け出すことができません。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「わからなさ」にとどまるというのは、 とても難しいものです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私たちのいる社会は、問題解決を求め、結論を求めるため、「わからないままでいること」は不安や無力感を刺激されることもあります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;でも心が、身体が、そう感じているのであれば、それを信頼してみる、というのも、ひとつの選択かもしれません。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;内側で起きている変化を信頼してみる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;”自然な動き”を信頼してみる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;このとき、外から見れば何も進んでいないように見えても、内側では心身の熟成が進みます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そしてこの状態を少しずつ扱えるようになったとき、「今ここにいていい」という感覚がふと生まれ、それはやがて別の理解や行動として現れてきます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;そのプロセスを支えるのは、私たちの身体です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;思考がまだ追いつかないときでも、&#xA;身体はすでに「いまここ」に触れ続けています。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;呼吸にはリズムがあり、&amp;nbsp;足裏は地面にしっかりと着き、手に触れるものの感触を感じる。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;こうしたシンプルな知覚は、私たちひとりひとりに最初からある”主体”を徐々に思い出させてくれます。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;もし身体にうまくアクセスできないと感じても、&#xA;それもまた自然なこと。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;私たちは生き延びるため、”ちゃんと”生きるため、長いあいだ思考に依存してきました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;思考過多で生きてきた分、たくさんの余地があります。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「わからなさ」は、停滞でも、行き止まりでも、欠如でもありません。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;むしろ、意味がまだ形を持っていない、とても豊かな人生の踊り場。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;急いで結論に向かわなくても大丈夫。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;「わからないまま」にいられる余白の中で、&#xA;次の主体は、すでに育ち始めています。&lt;/p&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#x9;&lt;img src=&#34;https://static.amebaowndme.com/madrid-static/gallery/083.jpg?width=960&#34; width=&#34;100%&#34;&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&lt;/div&gt;&#xA;&#x9;&#x9;&#xA;</description><pubDate>Thu, 30 Apr 2026 09:00:47 +0000</pubDate><guid>https://i-works.localinfo.jp/posts/58759150</guid><dc:creator>Core Field Coaching</dc:creator><category>揺れ・違和感の正体</category><enclosure length="0" type="image/jpeg" url="https://static.amebaowndme.com/madrid-static/gallery/083.jpg"></enclosure></item></channel></rss>