「非介入の場」から生まれる変容
多くの人は、「関わる」と聞くとこう考えます。
・何かを伝えること
・気づきを与えること
・問題を解決すること
つまり、“相手を変えるために何かをすること”。
しかし、ある段階を超えると、「それでは変わらない領域がある」ということに気づくようになります。
■ 変わらないものがある理由
思考や認識は、言葉や理解によって変化します。
しかし、
・繰り返される反応
・身体の緊張
・無意識の防衛
といった領域は、理解では変わりません。
非常に繊細で、かつ深層に由来しています。
ここに関わっているのが、神経系です。
神経系は「安全かどうか」を基準に働くシステムであり、正しさや納得ではなく、体感された安全性によってのみ変化します。
では、安全はどう生まれるのでしょうか。
そこで重要になるのが、「場」という概念です。
安全は、言葉で与えられるものではなく、
説得によって生まれるものでもなく、
関係性の中で“感じ取られるもの”。
このとき必要になるのが、「非介入の関わり」です。
■ 非介入の関わりとは
非介入とは、何もしないことではありません。
むしろ、変えようとしないまま、関わり続けることです。
具体的には、
・解釈しすぎない
・意味づけしすぎない
・良くしようとしない
・方向を持たせない
それでもなお、その人の中で起きているものを信頼して、共に在る。
親子関係を例に出すとわかりやすいかもしれません。
〇〇すべきという親の認識によって子供をコントロールしようとするほど、子供との関わりは難しくなることが、親の立場でも子供の立場でも理解できる、という人は多いのではないでしょうか。
このとき子供がその”存在のまま”、そこにいることを許されたとしたら。
そこには、言葉にならずとも、安心と安全の「場」が立ち現れることになるでしょう。
■ なぜそれで変化が起きるのか
ここに逆説があります。
人は、変えられようとすると防衛し、評価されると固まり、導かれると依存します。
しかし、何者にも変えられないとき、初めて安全の中で”自分”に触れることができるのです。
非介入の場では、
・防衛が立ち上がらない
・安全が維持される
・自然な気づきが起きる
その結果として、神経系は防衛から統合へと自然な移行を見せます。
■ 「場として在る」ということ
ここでいう「場」とは、空間や雰囲気のことではありません。
それは、関わる側の在り方そのものです。
・変えようとしない
・操作しない
・評価しない
その状態で関わるとき、相手は初めて、“そのままでいても安全である”という感覚を体験します。
この体験こそが、統合の前提になります。
神経系の統合は、技術で起こすものではなく、努力で達成するものでもありません
それは、安全な場の中で、自然に起きてくる現象です。
そしてその場は、誰かが「非介入で在る」ことによってのみ成立します。
最も深い変化は、何かをされたときではなく、何もされないまま、完全に受け取られたときに起きるものなのです。
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