安心を生きる在り方へのパラダイムシフト
どこかで整ってきたはずなのに、ふとした瞬間に、内側が揺れる。
理解もしているし、言葉にもできる。
これまでたくさんのことに向き合い、乗り越えてきた感覚もある。
それでも、同じ場所に戻るような感覚が残る。
何かが足りないわけではなく、むしろ十分に積み重ねてきたはずなのに、どこかに触れていない感覚がある。
その違和感は、解決すべき問題というよりも、これまでとは異なる場所に立つタイミングとして、現れているのかもしれません。
私たちが生きるこの社会は、いわゆる成果主義を前提とした仕組みのうえに成り立っています。
学校では点数で評価され、仕事では成果や数字で評価され、社会全体が「どれだけできたか」によって価値を測る仕組み。
この環境の中では、
成果を出す人=価値がある
成果を出せない人=価値が低い
という構図が、明示的にも暗黙的にも繰り返されます。
この繰り返しの中で、人は次第に「価値とは成果によって決まるものだ」と学習していき、その社会に適合するために、私たちは成長過程で「成果によって自分の価値が決まる」という前提を作ってしまいます。
どれだけできたか、
どこまで到達したか、
何を手に入れたか。
そうした基準の中で生きていると、安心とは「コントロールできることを増やすこと」になります。
うまくいけば安心し、うまくいかなければ揺れる。
だからこそ、私たちは多くの時間とお金をかけて、より良くあろうとし、変わり続けようとし、整え続けようとします。
そのプロセス自体は、決して間違いではありません。
実際に、多くの変化や成長をもたらしてきたはずです。
けれど同時に、どこかで感じたことはないでしょうか。
これには「終わりがない」ということを。
なぜ、揺れはなくならないのでしょうか。
それは、理解や気づきが起きているレイヤーと、実際に反応が起きているレイヤーが異なるからです。
思考や感情のレベルでは、すでに理解し、視点も変わり、捉え方も変えることができている。
それでも、ふとした瞬間に身体が反応する。
この時、あなたの体の中では、過去の記憶による反応が立ち上がり、未来への不安や焦りとして現れる。
そのとき、私たちは、安心をどこか遠くに追いやってしまい、突如不足の中に放り込まれてしまいます。
「まだできていないのではないか」
「もっと変わる必要があるのではないか」
と考え、さらなる努力をするよう、自分自身を追い立ててしまったことがある方も多いのではないでしょうか。
けれど実際には、“足りない”のではなく、“立っている位置”が変わっていないだけなのかもしれません。
ここで起きるのが、パラダイムの転換です。
安心とは、得るものではなく、もともとあるものだとしたら。
何かを達成したから安心するのではなく、安心の位置に立つことで、世界の見え方が変わるとしたら。
これまで私たちは、外側を整えることで安心に近づこうとしてきました。
けれど実際には、立つ位置が変わることで、これまで見えなかったものが、静かに見えてくることがあります。
何かを変えようとするほど遠ざかっていたものが、変えようとしない場所で、自然に現れてくる。
その感覚に触れたとき、「安心」は結果ではなく、前提だったことに気づき始めます。
Core Fieldコーチングは、この“立つ位置”に関わるものです。
何かを達成するための方法でも、問題を解決するための手段でもありません。
本来の位置に戻ることで、結果として現実の捉え方や関わり方が変わっていく、そのプロセスに伴走するものです。
従来のコーチングが、目標や課題に対してアプローチするものであるとすれば、Core Fieldは、そもそもどこからそれを見ているのか、その“位置”に触れていきます。
どちらが良い・悪いではなく、扱っているレイヤーが異なります。
この在り方に触れたとき、何かが劇的に変わるというよりも、静かな変化が起きていきます。
揺れがなくなるのではなく、揺れても戻れる場所がある感覚。
反応を止めようとしなくても、自然に通っていく感覚。
何かを証明しなくてもよくなることで、力が抜け、それでもなお自然に動ける状態。
それは、努力して作るものではなく、すでにあるものに気づいていくプロセスです。
0コメント