身体に触れるとは。身体と繋がるとは。
「身体に触れることが大切」
そう聞くと、 どうすればいいのかを 考えようとするかもしれません。
・どこに意識を向ければいいのか。
・何を感じればいいのか。
・これで合っているのか。
けれどそのとき、 私たちはすでに “考える側”にいます。
考えること自体は、 悪いことではありません。
理解しようとする働き。
整理しようとする働き。
それは、これまでを支えてきた力です。
ただ、 「感じること」と「考えること」は、 同時には起きていません。
考えているとき、私たちは、いま起きていることから少し離れ、それを“捉えよう”としています。
「これは不安だ」
「これは緊張だ」
「これは過去の反応だ」
その瞬間、体で起きていることは、“対象”になります。
一方で、感じているとき、そこには距離がありません。
不安がある。
ざわつきがある。
重さがある。
それが、説明される前のまま、そのまま現れている状態。
ここでは、正しさも、意味づけも、必要とされません。
ただ、起きていることが、起きているままにある。
それが、身体に触れている状態です。
そして、ここで起きているのは、何かをしようとしていることではなく、すでに起きていることに、 触れているということです。
だから、うまく感じようとしなくていい。
何かを感じようとするとき、そこにはまた、“考える動き”が入り込みます。
もし今、「ちゃんと感じられているかな」と思っているなら、その思考も含めて、ここにあります。
それに気づいたとき、少しだけ、体に戻る余地が生まれます。
身体に触れるとは、何か特別なことをすることではなく、すでに起きている感覚に、そのまま触れていること。
それは、強い感覚である必要も、はっきりしている必要もありません。
かすかな違和感でもいい。
わからなさでもいい。
そのまま、そこにあることを許すこと。
そのとき、体で起きていることは、自然に通っていきます。
そして、観察は、そこからすでに起きています。
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