「わかってる私」が語りたくなったとき
少し前の私は、「わかっている側」に立ちたくなる感覚を、どこかで持っていました。
感情に飲み込まれている人を見ると、少し引いた場所から眺めている自分がいる。
「私はもうそこではない」 そんな感覚に、安心していた部分もあったように思います。
もちろん当時は、それを“エゴ”だとは思ってはおらず、むしろ「観察できている」「俯瞰できている」と感じていました。
けれど振り返ってみると、あの頃の私は、“観察者”という立場を使って、自分の傷つきや混乱から距離を取ろうとしていたのかもしれません。
スピリチュアルや心理学を学び始めると、「観察する」という感覚に触れることがあります。
思考や感情に巻き込まれず、それらを“起きているもの”として見る感覚。
それ自体は、とても大切なものだと思います。
実際、私自身も、その視点に何度も助けられてきました。
けれど、その過程で、ひとつ不思議なことが起き始めました。
感情を感じているはずなのに、どこか遠い。
怒りや悲しみがあっても、「それを観察している私」のほうに立ち続けようとしてしまう。
すると、だんだんと「感じる」より、「理解する」が前に出てくる。
私はその頃、「わかっている自分」を静かに育てていたのだと思います。
たとえば、 「私は怒っていない。ただ、怒っている自分をちゃんと観察しているだけ」
そんなふうに思っていた時期がありました。
でも本当は、怒りを感じることそのものを避けていた。
いろいろやってきてもなお、”傷ついている”自分に触れることのほうが、もっと怖かった。
”整っていない自分”が許せなかった。
そうして、“観察している側”に立つことで、安全を確保しようとしていたのかもしれません。
この状態は、本当に本当に、気づきにくい。
なぜなら、一見するととても“整っている”ように感じられるから。
内からも外からも、冷静で、客観的で、理解しているように見える。
現実世界も、一見うまく進む。
でも実際には、身体の奥にわずかな緊張がずっと張り続けていました。
ゆるむことができない。
どこか力が抜けない。
その力を抜いたら、自分が壊れてしまうのではないか、というかすかな恐れ。
その緊張は、無自覚なまま、感じきれなかった痛みや怖さを、身体の奥に押し込め続けていました。
だから、止まることができなかった。
振り返ると、あの頃の私は、少しずつ「わかっている私」という新しいアイデンティティを作っていました。
感情に飲み込まれない私。
俯瞰できている私。
理解している私。
その立場は、一時的には安心をくれます。
でも同時に、「わかっていない側」に立ちたくない緊張も生み出していました。
だから、どこかでずっと力が抜けなかった。
外側に気を張り巡らせることで、自分を保つことに、多分なエネルギーを割いていました。
今思うのは、あの頃の私は、「苦しみを超えたかった」というより、「もう傷つきたくなかった」のだと思います。
だから、“静かな場所”へ行こうとしていた。
でも、本当の意味で静けさが深まっていくときって、感情が消えるわけではありませんでした。
私たちは生きている限り、怒りも悲しみもあります。
揺れる日だってあります。
それでも、そのどれかに飲み込まれなくていい。
そして同時に、それらを切り離さなくてもいい。
それらをただ起きているものとして、身体を静かに通すことができるようになったとき。
それまでわずかに緊張していた身体が今ここに静かに開き、感覚が少しずつ変わっていきました。
以前の私は、「観察する」ということを、どこか“感情から離れること”のように使っていた気がします。
でも本当は、もっともっと生の命のリズムそのものでした。
身体の感覚に触れる。
怖さに触れる。
痛みに触れる。
そのうえで、それでもそこに居続けられる。
本当の観察は、起きていることから冷たく遠ざかることではなく、“そのまま触れていられること”なのかもしれません。
「わかっている私」が自分の中で居場所を持ち始めた時。
大切にしたいのは「しっかりと観察できているか」よりも、 そこに温度があるか。
身体がちゃんとそこにいるか。
そして、自分を守るために、“わかっている側”へ逃げ込んでいないかに気づける余白。
そんなことを見るようになりました。
「わかっている私」になろうとする力が少しゆるんだとき。
その奥には生命力に満ちた、本来の”わたし”がいることに気づきます。
気づきの生まれるその余白から、あたたかで躍動感に満ちた、本来の生命のリズムがはじまるのを、感じるかもしれません。
0コメント